ここまで内観の説明をしてきましたが、内観に関して、次のような質問をよく受けますので、お答えします。
Q1 いつも反省をしているので内観をする必要がない。
私はいつも反省しているし日記もつけているから、内観のようなことはやっていますという方がいます。
しかし反省と内観は違います。特別に深い反省は別として、普通私たちが反省という場合は、何か結果がまずかったときにどこが悪かったかといって反省することが多いのです。しかし内観の「迷惑をかけたこと」というのは、結果が良い悪いの問題ではありません。
一年間受験勉強を一生懸命しましたというのもまわり中に迷惑をかけています。夜中まで起きている。家の手伝いもしない。いつもイライラしている。家族はテレビの音も加減したり、見たいテレビも見ないで我慢している。その結果、合格すると受かってやったみたいに威張りくさる。不合格だと、自分が悲劇の主人公みたいに一人で落ち込んでいる。
この場合、勉強ばかりやっていたということ自体はあまり「反省」の対象にはなりませんので、やはり「内観」をしてみなければ気がつかないことがあるのです。
そのように、結果に関係なくどういう迷惑をかけたかという厳しい質問が内観の質問なのです。
Q2 一週間では何もわからないだろう
一週間位で何がわかるかと思われる方があるかもしれませんが、一週間集中的に調べると正味七十時間を越えます。私たちは普段の生活の中で、自分の人生を他の角度から七十時間調べるということはやっていません。これは週一回一時間ずつ行ったとすると一年以上かかる時間です。ですから一週間というのは一応十分な時間と言っていいと思います。
Q3 一週間では長すぎる
一週間は長すぎる、何故そんなに時間が必要なのだと言う方もいますが、自分の人生の全部を調べ直すわけですから、一週間が長すぎるということはありません。人生を止めて五日、六日とたつと、子供の頃の三輪車の色まで思い出すことがありますが、これはなかなか一日目には思い出しません。それに集中内観はさしあたって一週間で終わりです。内観をやってみようか、どうしようかと迷っている間に一週間は経ってしまいます。始めてしまえば一週間後にはすべて終わってしまっているのですから、むしろ短いと言っていいでしょう。
Q4 過去はふりかえりたくない
思い出したくないことがあるから過去はふりかえりたくないという方がいますが、思い出したくないことがあるということは何かを引きずっているということです。
過去の事実をひきずるのは、それが受け入れがたい、できればあれはなかったことにしたいと思っているからです。自分にとって不快な出来事だったり、自分の望みに反したりしているのでしょう。しかし、自分の過去の一部でも否定しているというのは、それらすべての過去の結果である現在の自分を否定していることにほかなりません。それでは現在を生きていることにならないのです。
二年前に受験に失敗したこと、五年前に失恋をしたこと、二十年前に家出をしたこと、三十年前に夫が浮気をしたこと、四十年前に両親が離婚したこと、人間はいろいろな過去の事実を否定しながら生きています。しかし、恐ろしいことですが、たとえ無意識でも、そのことを否定してしまうと、その結果をすべて否定することになりますので、その時点で人生が止まります。そこで精神的な成長が止まっている人も多いのです。そして、現在私が不幸なのはあれが原因だと言って一生を過ごしていくことになります。
内観をすると、そのような過去の事実とも対面していくことになるでしょうが、それを今までのような一方的なものの見方でなく、他のいろいろな角度から見ることにより、過去の事実として認め受け入れることが可能になります。そうなって初めて、本当の意味でそれを忘れることができるのです。そうすれば、思い出すことを恐れることもなくなるでしょう。
ですから、内観によって過去を見るということは、結局は過去の束縛から解放され、今を本当に生きることにつながるのです。
Q5 自分を知るのが怖い
自分を知るのが怖いという方がいます。これは内観をするのをちょっと躊躇する最も納得できる理由だと思います。確かに自分を知るのは怖いことです。しかし自分を知らないまま生きるのはもっと怖いことではないでしょうか。内観は、前にもお話ししましたように、自分が自分を見つめた結果自分がわかるものであって、人から指摘されてわかるものではありません。人から自己像を崩されるのではなくて、自分の中で新しい自己像ができあがった結果、もとの自己像が崩れていくのです。いわば、さなぎが内側から成長して殻を破って外に出るような状態であって、外から破られるわけではありません。それを怖いと言っていると、一生蝶になって大空を飛べないままになってしまうでしょう。事実は自分が見つめようが見つめまいが事実として存在するのですから、勇気を持って自分を見つめていただきたいと思います。
Q6 自分が変わるのが怖い
自分が変わるのが怖いという人がいますが、それは自分に自信がないということかもしれません。本当に自分に自信があれば、まだ弱点、欠点があるのではないか、どこを変えていったらいいかということを見つめていくことになると思います。自分が変わるのが怖いと言っていると、一生今の自分のまま、今の自分を守ったまま、過ごしていくことになりかねません。それはもっと怖いことではないでしょうか。一週間で変わるような部分は早く変えた方がいいかもしれません。
Q7 悩みがあるので内観どころではない
今の自分の悩みが大きいので過去なんかを調べている場合ではないという人がいますが、悩みで他のことを考えるどころではないというときは視野が非常に狭くなっています。前にも述べましたように、受験に失敗して自殺する人にとっては、合格か死かという選択しか考えつかないのです。そのようなときに、お母さんに何をしてもらった、お母さんに何をしてもらったというようなことをずっと調べていきますと、それらの結果としての自分が今ここに存在していることがわかります。自分の価値が非常に大きなものとなってくるのです。そしてそのような自分が今こういう問題をかかえているということになると、その問題は目の前の解決すべき一つの問題として見えてくるのであって、もはや合格か死かというようなせまい選択からは解放されていきます。自分が悩みの真っ只中にいると、目の前で桜の花が咲いて散ったのにも気付かなかったりしますが、内観をすることによってより広い視野から現在を見ることができるようになるわけです。ですから、悩みでそれどころでないというのは、まさに内観を必要としている時期だということになると思います。
そして、一度内観を体験していると、将来再び大きな問題に出合ったときにも、余裕を持ってそれに対処できるようになるでしょう。
Q8 自分は必要ないがあの人にやらせたい
内観の話を聞いて、とてもよいことを聞いた、自分はやる必要はないが是非あの人にやらせたいという人がいます。人にやらせたいというのもいいのですが、自分が自分を見つめて楽になるのが先ではないかと思います。自分は変わらずに相手を変えるために、あの人にやらせたいと思う場合も多いので、なぜあの人にやらせたいと思うのかを点検してみることも大事かもしれません。まず自分が体験してみてから相手にすすめる方が、相手の方に対しての説得力も増すでしょう。
Q9 内観をやりたくない相手がいる
お母さんに対して内観してもいいけれど、お父さんに対しては絶対にやりたくないという人が結構います。だけど、お父さんを嫌いだから、あるいは恨んでいるからやりたくないというのは、事実から逃げているわけです。自分が嫌いな人から世話になっていないとは限りません。散々世話になっているのに嫌っている場合もあります。相手を尊敬していたり、好きだったりすると、あまり迷惑をかけないように努力するのですが、相手を嫌いだとか軽蔑しているという状態ですと、話しかけられても返事の仕方からすでに、相手を傷つけていることもあり得ます。声をかけられても聞こえないふりをするなどということもあるかも知れません。ですから事実を見るということは、こちらがその人を好きか嫌いかという問題とは関係ないわけです。
あるとき、内観をやりたくないという理由として、こう言われた人がいました。「親父とは口をききません。金をくれと言うくらいです。だから、してもらったこともなければ迷惑をかけたこともありませんので、父への内観はやりたくありません」というのです。普段口をきかないで、金が欲しいときだけ金をくれと言って、もらっているわけです。そして、してもらったことはないと言う、すべてがそのようなものの見方になっている可能性がありますので、誰かを嫌いだとか恨んでいるというようなときは、やはり内観がかなり必要なのではないかと思います。
人を恨んでいて夜も眠れないという人がいますが、恨まれている人はぐっすり寝ているのです。だから、恨んでいる人が苦しんでいるわけです。二十年前のことを恨んでいても、相手が今あやまったとしても、それで心が晴れる問題でもないかもしれませんし、相手の方はすでにこの世にいないかも知れません。だから、その恨みから自分の心を解放するというのは、やはり自分自身がしなくてはならない問題なわけです。そのようなときに、その方からしてもらったことは何か、こっちも何か迷惑をかけているのではないかということを調べていくことによって、相手から傷つけられたと思っていることも含めて、過去の事実を過去の事実として受け入れやすくなるわけです。それで過去から解放されていくことになるのです。
Q10 内観はいつどこで誰によってつくられたのですか
内観の三つの質問は吉本伊信(1988年没)という方によって作り出されました。先生は世界中の人に幸せになって欲しいという願いで、三十年の年月を費やして、実際多くの方々の面接をしながら、その体験の中から現在の内観法を確立されました。吉本先生が内観を作り上げられたことによって、私たちは、人類長年の課題である「自分を知る」ための、誰にでもできる方法論を得ることができたのです。今内観は欧米にも広がりを見せ、ヨーロッパには四つの内観研修所が設立されて、毎年多くの方々が内観に取り組んでいます。
以上、よく訊かれる内観に対する質問にお答えさせていただきました。
posted by ゆき at 14:40
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吉本伊信による内観法
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